大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)29号 判決

一、被告両名は登録第二五一八九一号特許権の共有者であるところ、原告を被請求人として右特許権につき原告主張のとおり権利範囲確認審判の請求をした結果(昭和三五年審判第二六二号)、その主張のとおりの審決があり、その主張の日その審決書の謄本が原告に送達されたこと、および右審決の内容が原告主張のとおりのものであることは、当事者間に争がない。

二、原告は審決が本件特許の権利範囲に属するものと認定した(イ)号説明書に示す方法を実施しておらず、したがつて本件審判請求について利害関係人でない、と主張するが、成立に争のない甲第四号証の一(本件審判請求書)に添附の右審判事件の甲第一号証A、Bの各(1)(2)、第二号証、第六号証容器写(ただし、この最後の写にタンリヨウパツクとあるのは、後記乙第三号証の一、二、三および被告河野武の本人尋問の結果に照し、サンリヨウ・パツクの誤記であることが明白である。)および被告らが特許庁に提出した右甲第六号証容器とその外箱の写真であることにつき争のない乙第三号証の一、二、三、第四号証に被告河野武の本人尋問の結果および原告本人尋問の結果の一部を併せ考えるときは、次の事実を認めることができる。

原告経営の三陵物産株式会社は、サンリヨウパツクの商標でパツク化粧料を製造し、これを東京都台東区御徒町所在株式会社銀美商会本店に卸売していたが、右化粧料容器には「サンリヨウ・パツク〔成分〕特殊高分子物質、ラノリン、感光色素ルミン、コレステリン、ビタミンB6其の他」と記載したラベルが貼つてあり、被告河野武が昭和三四年五月ごろ右銀美商会で右三陵物産株式会社の製品を買い求め、これを被告ヒノキ新薬株式会社が本件特許を実施して製造している製品サンリヨウパツクとともに国立衛生試験所に提出して赤外線吸収スペクトルによる定性試験を行わしめたところ、両者はきわめて類似した曲線を示し(前記甲第四号証の一の審判請求書添附の甲第一号証A、Bの各(1)(2))、前者の成分中特殊高分子物質なるものは、ポリビニールアルコールであることが判明した。(そして、原告が右成分を水溶液として使用していることは、原告本人尋問の結果によつて明らかである。)なお、被告らは前記銀美商会で買い求めた前記のものと同じ三陵物産株式会社の製品を特許庁に提出したが、これが審判事件における甲第六号証である。

右のとおり認定することができ、これに本件パツク化粧料のような製品を製造するためにその各成分を密和混合することは常套手段であるという顕著な事実を参酌すれば、原告は(イ)号説明書に示す方法を実施して、前記製品を製造しているものと推測するのほかはない。

原告は、これに反し、原告は(イ)号説明書の方法を実施しているものではなく、訴外宇平光太郎発明にかかる特許第二〇一五五二号の方法を実施して前記製品を製造している旨主張するが、成立に争のない乙第二号証(右特許公報)によれば、右特許発明は、醋酸ビニール系樹脂あるいは塩化ビニール系樹脂ないしは醋酸ビニールと塩化ビニールとの共重合樹脂の微粉末を公知の香粧用クリーム基剤に混入した香粧用クリームにかゝるものであることが明らかであつて、もつとも右特許公報の説明書中実施例其の2として、ビニールアルコール樹脂粉末を使用する方法が示されているが、この方法によつては前記製品のようなパツク化粧料は得られないことは、被告河野の本人尋問の結果によるも明らかである。原告本人は右訴外人の特許を改良して右製品を製造していると供述するが、仮に原告の意図がそうであつたとしても、その結果実施している方法が(イ)号説明書に示す方法と同一であるという前示推認をくつがえすことはできない。

これを要するに、原告は(イ)号説明書に示す方法を実施しているものと認めるのほかなく、したがつて本件権利範囲確認審判請求につき利害関係を有するものといわなくてはならない。

三、そこで(イ)号説明書に示す方法が本件特許の権利範囲に属するかどうかについて考える。

本件特許発明の要旨が、ポリビニールアルコールの濃厚水溶液と化粧用クリームとを密和混合することを特徴とするパツク化粧料の製造方法にあることは、原告の明らかに争わないところである。これと(イ)号説明書に示すパツク化粧料の製造方法とを比較すると、両者はポリビニールアルコールの水溶液を他の成分と密和混合してパツク化粧料を製造する点において一致し、ただ本件特許の方法において右水溶液と密和混合する他の成分を単に化粧用クリームとしたのに対して、(イ)号説明書の方法においてはこれをラノリン、感光色素ルミン、コレステリン、ビタミンB6其の他というように、ある程度特定した点が異なるのみである。ところで、(イ)号説明書の方法で特定している右各成分中、ラノリンとコレステリンとは化粧用クリームの有効成分として普通のものであること、もつとも、これらの成分、あるいはこれに(イ)号説明書に明記してある感光色素ルミンおよびビタミンB6を加えても、それだけで化粧用クリームを構成するには足りないことは経験法則上明らかで、現に(イ)号説明書をみても上記各成分「其の他」を密和混合してパツク化粧料を製造する方法と特定してあるので、この方法は上記各成分と密和混合してパツク化粧料を構成するに足る「其の他」の成分を加えることを要件としているものといわなくてはならないが、原告本人尋問の結果によれば、原告の採用している方法では、これにグリセリン、ステアリン酸、油脂等他の成分を混和していることが明らかであるから、(イ)号説明書の方法において密和混合させる「其の他」としては、少なくともこれらの成分を指すものと解して妨げないであろう。これらの成分が化粧用クリームの成分として何ら新規のものでないことは、いうまでもない。

要するに、前記諸成分(感光色素ルミン、ビタミンB6を除く。)より成るものは、本件特許の方法で使用する化粧用クリームといつているものの均等物の域を脱しないものと考えるのが相当であつて、(イ)号説明書の方法がさらに感光色素ルミン、ビタミンB6をも密和混合する点において本件特許発明に加えるところがあつたとしても、なお前記の要件を共通にしている点において、(イ)号説明書の方法は本件特許の発明の思想を利用し、したがつて前者は後者の権利範囲に属するものといわなくてはならない。

原告は、ポリビニールアルコールを一成分として使用するパツク化粧料は公知であると主張するが、ポリビニールアルコールの濃厚水溶液と化粧用クリームとを密和混合してパツク化粧料を製造する点こそ本件特許発明の要旨であつて、本件特許の権利範囲を考えるにつき、右ポリビニールアルコールの水溶液使用の点を除外することはできない。

四、原告を本件権利範囲確認審判の利害関係人と認めたうえ、(イ)号説明書に示すパツク化粧料を製造する方法は特許第二五一八九一号の権利範囲に属するとした本件審決は相当であつて、何ら違法の点を認めることができない。

〔編註その一〕 本件における当事者の主張は左のとおりである。

第一 請求の趣旨および原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三五年審判第二六二号事件について昭和三六年二月二一日にした審決を取消す、訴訟費用は被告らの負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、被告らは、昭和三五年三月三一日、その共有に属する特許第二五一八九一号の権利につき原告を被請求人として権利範囲確認審判を請求し、同年審判第二六二号事件として係属したが、右審判事件において昭和三六年二月二一日別紙(イ)号説明書に示すパツク化粧料を製造する方法は特許第二五一八九一号の権利範囲に属する、審判費用は被請求人の負担とする、との審決がされ、原告は同年三月二日その審決書謄本の送達を受けた。

二、右審決は、原告は(イ)号説明書に示す方法を実施するものであつて、右審判請求について利害関係を有するものであると認定したうえ、被告の発明の要旨は「ポリビニールアルコールの濃厚水溶液と化粧用クリームとを密和混合することを特徴とするパツク化粧料の製造方法」であり、これと(イ)号説明書に示す方法とを比較すると、両者はポリビニールアルコールの水溶液を一成分として使用しパツク化粧料を製造する点において一致し、後者におけるポリビニールアルコールと密和混合されるラノリン、感光色素ルミン、コレステリン、ビタミンB6その他のうちラノリンおよびコレステリンは化粧用クリームに配合される普通の有効成分であるから、これらの成分を化粧用クリームの成分として使用することが前者の明細書に明示されていないにせよ、これらの成分を配合することは前者の化粧用クリームを配合することゝ実質的な差異がなく、本件特許発明の思想と同一であるから、その権利範囲に属することをまぬかれない、としたものである。

三、右審決は、次の理由によつて違法である。

(一) 原告はパツク化粧料を製造しているが、(イ)号説明書に示す方法は実施しておらず、訴外宇平光太郎の特許第二〇一五五二号(特許出願公告昭二八―二二五〇、乙第二号証)を実施しているに過ぎない。

審決が原告が(イ)号説明書に示す方法を実施していると認定するにもちいた証拠のうち甲第六号証(本件の甲第四号証の一審判請求書添附のもの)容器記載の写には「タンリヨウ・パツク〔成分〕特殊高分子物質、ラノリン感光色素ルミン、コレステリン、ビタミンB6其の他」との記載があるが、原告は「タンリヨウ・パツク」というような名称を附した製品を販売したことはなく、右名称は原告使用の商標「サンリヨウパツク」と類似しているが、それが原告の製品の容器であることを立証するに足る何らの証拠が提出されていない。また、審決が原告の実施している製造方法による製品と解した製品見本なるものは原告の全くあずかり知らないもので、甲第一号証Aの(1)(2)、同Bの(1)(2)(本件における甲第四号証の一添附のもの)に記載された国立衛生試験所の試験成績表の品名「サンリヨウパツク」とある製品も原告の製品であるとの立証は何らされていないにもかかわらず、審決がこれを原告の製品と断定したことは理由がない。何となれば、「サンリヨウパツク」とは原告の権利に属する登録商標であるにかかわらず、現在被告らにおいても同一名称を使用して商品を販売しているからである。

審決が原告は(イ)号説明書に示す方法を実施するものであつて、本件審判請求について利害関係を有すると認定したことは、事実を誤認した違法があるものといわなくてはならない。

(二) 仮に、原告が本件審判請求につき利害関係ありとし、本案についてみても、審決には次のとおりの違法の点がある。

審決が被告の発明と(イ)号説明書に示す方法とを比較して、両者はポリビニールアルコールの水溶液を一成分として使用する点において一致し、後者においてこれと密和混合される成分のうちラノリンおよびコレステリンは化粧用クリームに配合される普通の有効成分であるから、これらの成分を配合することは前者の化粧用クリームを配合することゝ実質的な差異がなく、本件特許発明の思想と同一であるから、後者は前者の権利範囲に属する、としたことは、前記のとおりである。しかし、ポリビニールアルコールを一成分として使用するパツク化粧料は、公知である。たとえば、特許公告番号昭三一―五九〇〇のパツク化粧料、昭三六―五五〇のパツク剤の製造法(甲第二号証の一、二)。また白粉については昭二六―五〇五〇においてポリビニールアルコールが使用されている(同号証の三)。かゝる事例があるにかゝわらず、ポリビニールアルコール水溶液を一成分として使用して製造する点が一致するから後者は前者の権利範囲に属すると断定したことは、不可解である。

また、化粧用クリームにはラノリンおよびコレステリンを有効成分としたものがあるが、これらのものを配合しなければ、化粧用クリームになり得ないものではない。審決が本件特許明細書に記載されないことまでも拡張解釈して、(イ)号説明書に示す方法においてこれらの成分を配合したことをもつて「実質的な差異がない」としたことは違法である。けだし、特許請求の範囲には「発明の構成に欠くべからざる事項のみ」を記載すべきことは、本件特許出願当時施行されていた旧特許法施行規則第三八条の要求するところであつて、特許発明の権利範囲は特許請求の範囲の記載内容に限定さるべきものといわなくてはならないからである。

さらにまた、(イ)号説明書によれば、ラノリン、コレステリンのほか感光色素ルミン、ビタミンB6も配合されているが、審決はこの点に触れておらず、また「其の他」についても、それが何であるかを究明していない。

(イ)号説明書に示すパツク化粧料を製造する方法は、本件特許と発明の思想を同一にするものでなく、これを同一であるとし、したがつて前者は後者の権利範囲に属すると認めた本件審決は違法であるといわなくてはならない。

よつて右審決の取消を求める。

第二 被告らの答弁

被告ら訴訟代理人は、主文どおりの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張事実中、被告らは原告主張の特許権の共有者であるところ、原告主張のとおりその権利範囲確認の審判を請求し、その主張のとおりの審決があり、その主張の日その審決書の謄本が原告に送達されたこと、および右審決の内容の点は認めるが、原告が右審決を違法であるとして主張する諸点については争う。

二、本件特許第二五一八九一号(特許出願公告昭三三―四三四九、乙第一号証)の発明要旨は、ポリビニール・アルコールの濃厚水溶液と化粧用クリームとを密和混合することを特徴とするパツク化粧料の製造方法に存する。

原告は(イ)号説明書に示す方法を実施していることを否認し、すでに権利消滅している訴外宇平光太郎の特許第二〇一五五二号(特許出願公告昭二八―二二五〇、乙第二号証)を実施していると主張するが、この方法によつては、原告が現実に販売し、本件で問題になつているようなパツク化粧料を得ることはできない。

被告らが本件審判事件に提出した甲第一号証Bの(1)および(2)(本件甲第四号証の一に添附のもの)記載の「製品B」は、東京都台東区御徒町一の三八株式会社銀美商会本店において販売されていた原告の製品サンリヨウパツクをそのまゝ国立衛生試験所に提出し、試料に供したものであり、またこれと同様のサンリヨウパツクの見本が甲第六号証として右審判事件に提出されたものである。右甲第六号証容器記載の写に「タンリヨウ・パツク」とあるのは「サンリヨウ・パツク」の誤記である。原告が(イ)号説明書に示す方法を実施していることは、これらの証拠によつて明白であるといわなくてはならない。

三、原告がポリビニールアルコールを一成分として使用するパツク化粧料は公知であるとして引用する各特許公報のうち、昭三一―五九〇〇(甲第一号証の一)記載の発明は、パツク化粧料としてポリビニールアルコールを使用しているが、第一液と第二液とより成るものであり、その使用による化粧操作の複雑かつ長時間を要することは、本件発明製品の簡便有効なるに比すべくもなく、両者は発明として全く別異のものである。また昭三六―五五〇(甲第二号証の二)記載の発明は本件発明の出願公告後に出願されたもので、本件発明の成立に影響がないのみならず、その出願に対しては被告らから特許異議の申立をし、目下審理中のものである。昭二六―五〇五〇(甲第二号証の三)の発明は白粉に関するもので、その明細書中にビニールアルコール樹脂微粉の使用を記載しているとはいえ、本件発明とは全く思想的根拠を異にする。

また、本件特許明細書の特許請求の範囲には、「化粧用クリーム」と明記してあり、その「化粧用クリーム」中には当業界において常識的一般普通に知られているものは、明細書中に記載されていなくとも、均等物質として当然その内に包含させて解釈するのが、特許発明界の常識に属する技術判断である。明細書中に具体的な記載がないからとて、技術常識に属する事項を布衍したことをもつて、特許請求の範囲には発明の構成に欠くべからざる事項のみを記載すべし、ということを理由に違法視することは、常規を逸した謬論というのほかはない。

以上のとおり原告の主張はいずれの点からしても首肯に値せず、原告の請求はその理由がない。

〔編註その二〕 本件に関する目録は左のとおりである。

(イ)号説明書

ポリビニールアルコール水溶液である特殊高分子性物質とラノリン、感光色素ルミン、コレステリン、ビタミンB6其の他を密和混合してパツク化粧料を製造する方法。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!